プロフィール

氏名 本名   :石垣聡志(いしがきさとし)
国内登録名:すし石垣
海外登録名:SUSHI ISHIGAKI
すし石垣選手
出身地 埼玉県
最終学校 埼玉県立蕨高校
所属 ゴルフパートナー
生年月日 1974年2月18日
身長 172cm
体重 75kg
趣味 競艇(3度のメシより大好き)
血液型 A型
関連リンク JGTOに登録されたプロフィール
JPGAに登録されたプロフィール
すし石垣 - Wikipedia
がんばれ すし石垣!
すし石垣 --Photo--

使用クラブ・ボール

ドライバー:テーラーメイドR7quad
フェアウェイウッド:ロイヤルコレクション(14度)
アイアン:ミズノMP37(2-PW)
ウェッジ:タイトリスト ボーケイデザイン スピンミルド(52度+58度)
パター:オデッセイ ホワイトスチール2ボール
ボール:タイトリストProV1
すし石垣選手の使用クラブ2006
JCBクラシック仙台での使用クラブ

なぜ「すし」なのか?

石垣選手は1997年にプロテストに合格する前から,アメリカののミニ・ツアーや,アジアツアーに参戦していましたが,SATOSHIという本名は外国人には発音しにくく,なかなか覚えてもらえなかったそうです。そこで当時,同じくアジアツアーに参戦していたアンディ和田さん(ゴルフチャンネルのコメンテーターとして活躍中)のアドバイスもあって,SUSHI ISHIGAKIの名前でエントリーするようになったということです。以後,アメリカのミニ・ツアーやアジアツアー,ヨーロピアン・ツアーには,すべてSUSHI ISHIGAKIでエントリーしています。
SUSHIという名前には,「すしは日本を代表する食べ物。ぼくも日本だけで終わりたくない。」という石垣選手の心意気がこもっているのです。
日本ツアーでは,初年度の1998年は本名の石垣聡志でエントリーしていましたが,2002年から日本でも,すし石垣でエントリーするようになりました。すし石垣の登録名については,当初JGTOでも何回も会議を開くなどしてなかなかOKが出なかったのですが,過去に本名以外で登録を認可された選手もあり,海外でもSUSHIで通っているということで,OKが出たようです。
登録名「すし石垣」OK!
シンガポール・マスターズ2日目のインタビュー
ツアープレイヤーたちのこだわり(すし石垣)(ゴルフダイジェストオンライン)

ゴルフをはじめたきっかけからプロデビューまで

中学時代は野球部のキャッチャー。ゴルフ好きの野球部監督に誘われて練習場に行ったのが,ゴルフを始めるきっかけとなる。
高校時代は,男部員たった一人の茶道部を経て,マネージャーとして入部したはずの相撲部では,欠員選手を埋めるために,なぜか大将として県大会で活躍。
高校卒業後,ゴルフ場の研修生となり,シーズンオフは貯金をはたいて,北フロリダのミニツアーに参戦し腕を磨きました。
1997年10月3日,3度目のプロテスト挑戦で合格。その年の最終予選会(現在のファイナルQT)で20位に入り,1998年からツアーに参戦。

プロデビュー後の主な成績

1998年

東建カップ 37位タイ
西野カップ 16位タイ
1998
開幕戦の東建カップでは見事に予選を通過して37位タイと,好調な出足を見せました。しかし,8月までの19試合中15試合で予選を通過できず,本戦出場の待機順位も下がり,9月以降の出場は3試合のみに終わりました。12月の予選会では最終予選まで進むことができず,惜しくも本戦の出場資格を失いました。

1999年

西野カップ 優勝
釧路オープン 優勝
後楽園カップ(第4回) 2位タイ
トーナメント情報1999
シーズンオフは中嶋常幸プロが主催するトミーチャレンジツアーなどに参加。3月のPRGRCUP(関東)を皮切りにチャレンジ競技にフル出場。7月8日〜9日の西野カップで初優勝を果たし,この時点でチャレンジ競技の賞金ランキング首位に立ちました。さらに同月28日〜29日に行われたプレイヤーズツアー釧路オープンでも優勝。最終戦の後楽園カップでは2位タイの好成績で,賞金ランキング3位につけ,2000年のツアーのシード権を獲得しました。

2000年

日本プロゴルフ選手権 17位タイ
JCBクラシック仙台 27位タイ
トーナメント情報2000
シーズンオフはジムに通って8キロの減量,そしてフロリダのミニ・ツアーに参戦。3月の開幕戦,東建カップからツアーに参戦しました。2000年シーズン,石垣選手は28試合に出場し,うち12試合で決勝ラウンドに進出。獲得賞金は5,595,377円。賞金ランキングは108位でした。石垣選手は宮崎で行われたファイナルQトーナメントに出場しましたが,予選突破に2ストローク及ばず,2001年のレギュラーツアー出場の資格を得ることができませんでした。

2001年

ボルボ中国オープン 4位
ミャンマー・オープン 6位タイ
トーナメント情報2001
1月。石垣選手はマレーシアに渡り,アジアPGAツアーのQスクールに挑戦しました。ステージ2からファイナルステージへと進出し,見事に40位以内で終了し,2001年アジアンPGAダビドフツアーのツアーカードを取得しました。2001年はアジアンPGAツアー参戦を中心として,合間にチャレンジトーナメント参戦というスケジュール。アジアンPGAツアーでは、ボルボ中国オープンで4位に入るなどの活躍を見せ、賞金ランキング32位で2002年のアジアンPGAツアーのシードを獲得しました。また、ヨーロピアンツアーの準メンバーにもなりました。

2002年

韓国オープン 6位タイ
フィリピン・オープン 10位タイ
トーナメント情報2002
アジアンPGAツアー参戦を主として,合間に日本のツアーに出場するというスケジュールでした。 2月のシンガポール・マスターズでは,3日目の猛チャージで4位タイとなりますが,最終日に崩れて18位タイ。しかし最後の18番のバーディーで得意のすしダンスを大観衆の前で披露。翌日のシンガポール・タイムズに大きな写真入りで取り上げられました。日本ツアーでは思うような成績が残せませんでした。

2003年

LGファッション・オープン 10位タイ
タイ・オープン 15位タイ
トーナメント情報2003
アジアンPGAツアー参戦に専念した1年間。 5月に韓国で行われたLGファッション・オープンで,10位タイに入ったのがベストの成績でした。シーズン後半にはヨーロピアン・ツアーのQスクールに挑戦し,一次予選は突破しましたが,二次予選で涙を飲みました。

2004年

カニトップ杯チャレンジ 2位
カールスバーグ・マスターズ 13位
ボルボ・マスターズ・オブ・アジア 14位タイ
トーナメント情報2004
アジアンツアー参戦を主として,合間に日本のチャレンジツアーに出場するというスケジュールでした。アジアツアーでは予選落ち1回だけというコンスタントな成績を収めましたが,優勝争いにからむシーンが見られなかったのが残念でした。国内では,カニトップ杯チャレンジで2位にはいりました。シーズンオフのファイナルQTで24位に入り,2005年のツアー出場権を獲得しました。

2005年

ANAオープン 7位タイ
マンダムルシードよみうりオープン 22位タイ
トーナメント情報2005
5月から6月にかけて5試合連続で予選を突破し,三菱ダイヤモンドカップなどいくつかの試合で上位に進出。テレビ中継で何度かすしダンスが放映されるなど,「すし石垣」の認知度がぐんと上がったシーズンでした。賞金ランキングは84位とシードには一歩及びませんでしたが,ファイナルQTで29位に入り,2006年もツアーに出場できることになりました。

2006年